せん断流れ場中の細胞膜の不安定化* -分子動力学計算による系のサイズ依存性の検討-

 

氏名:奥山直人

所属:大阪大学 大学院基礎工学研究科 衝撃科学共同研究講座

概要:細胞への流れ場の作用は、マクロな視点からは、細胞を変形させることにより、細胞膜に張力を生じさせるが、ミクロな視点からは、細胞膜近傍の溶媒分子との速度差、すなわち、ミクロなせん断速度により、膜を不安定化させることが、分子動力学による検討により報告されている(1)。膜の不安定化のし易さは、系のサイズに依存することも指摘されており、現実の細胞サイズにおける、このミクロなせん断速度の大きさは、膜の不安定化が現実系で起こりえるか見極める上で非常に興味深い。本研究では、系のサイズを変化させながら、ミクロなせん断速度を算出し、細胞サイズへの外挿を行った。
粗視化分子動力学計算法(2)を用いて、細胞膜に負荷するミクロなせん断応速度を変化させ、膜が不安定化したときのせん断速度をせん断速度閾値とした。基準系として膜分子2048個、水分子211080個を採用して、基準系を2倍、4倍、8倍とした系に対するせん断速度閾値を同様に決定した。膜面外方向に生じる揺らぎの長さスケールが大きくなるほど、膜は不安定化し易いと考えられ(1)、他方、揺らぎの長さスケールは膜分子数の平方根に比例するため、膜分子数の平方根とせん断速度閾値の関係を、膜分子数が十分に大きいと見なせる極限へ外挿することにより、せん断速度閾値を見積もった。
細胞サイズにおけるせん断速度閾値は約80μs-1と見積もられた。溶血現象が急激に起こり始めるせん断速度閾値は約0.12μs-1と言われており(3)、見積もられた値はそれより数百倍大きく、膜の不安定化は非生理的な条件でしか起こらないだろうと推定される。
(1)I. Hanasaki et al., Physical Review E 82(2010) 051602.
(2)S. J. Marrink et al., Journal of Physical Chemistry B 111(2007) 7812.
(3)T. Yamane, M. Nishida and O. Maruyama, Artif Organs 25(2001) 813.
*本研究は、大阪大学大学院基礎工学研究科 和田成生教授、越山顕一朗招へい准教授および大阪大学国際医工情報センター重松大輝特任助教との共同研究である。
 




Posted : 2019年03月01日